聖書における塩(中編)

旧約聖書のモーセ五書に祭司や民のための律法や規定を定めた「レビ記」があります。
後年、キリスト教では、ユダヤ教の儀式に代わる典礼とすべく新たな解釈を加えました。

古代ユダヤ教では、ご存知「十戒」で神が語ったことを具体化したものとみなしており、
「ラビ(祭司)の教え」として、ユダヤ教の聖典であるタルムードの祖にもなっています。

そのレビ記2章13節に「神の塩」「塩の契約」の由来といわれる細則が示されています。

  「あなたの穀物のささげ物にはすべて、塩で味をつけなければならない。
  あなたの穀物のささげ物にあなたの神の契約の塩を欠かしてはならない。
  あなたのささげ物には、いつでも塩を添えてささげなければならない。」

祭壇には、穀物の捧げ物とともに動物の生け贄が供えられたことを考え合わせると、
塩の腐敗を抑制する効果を活かし、祭司が食事に不自由しないようにしたのでしょう。

また、同じ旧約聖書のモーセ五書の「民数記」18章19節に次のように記されています。

  「イスラエル人が主に供える聖なる奉納物をみな、わたしは、
  あなたとあなたの息子たちと、あなたとともにいるあなたの娘たちに与えて、
  永遠の分け前とする。
  それは、主の前にあって、
  あなたとあなたの子孫に対する永遠の塩の契約となる。」

この「永遠の塩の契約」が、神への信仰の拠りどころで、塩はそのシンボルでもあり、
古代ユダヤ教では同じ塩入れを使って食事をとることは信頼と友情の証しだったとか。

ただ清めるもの清浄なものでなく神の赦しと救いを保証した通行手形とも言えますね。

参考: レビ記(口語訳) ユダヤ教講座 契約の塩